夢を見た。
どこまでも満開の桜の園林をゆっくりと歩を進める人影がある。ひとりは白髪の偉丈夫。もうひとりは鋼色の髪の少年。数歩遅れて姿勢の良い女性が続く。
武人の男性には花を愛でるなど思いもよらぬことで。少年と女性には花よりも瞳に映したいものがあり。ときおり思い出したように言葉を交わしながら、一面に咲き誇る淡い花色に見とれるでなく、穏やかに微笑む。頭上には今を盛りと咲く花があるというのに。彼らを邪魔しないように鳥さえも遠慮がちにさえずる。花陰を迷うことなくひたすらに、けれど急ぐことなく目指す地へ歩み続ける。
そうこうするうちに線の細い少年が陽子に気づき、傍らの主にうれしげにさし示しながら何やら告げ、手を振る。
「…主上」
呼びかけられて陽子は眠りから覚めた。手摺を枕にうとうとしていたらしい。
――ああ、ここは彼らを見送った高楼だった。
霞立つ空に目を遣る。
「笑っておられましたが」
「……うん」
疑問符を伴わない問いに曖昧に答える。
正夢であって欲しい。だから夢見たことは話さない。
慶国はもう花の季節。
かの国にも早く春風が届くといい。
終
2012.05.14転載
2011.03.23初出